「価格はマーケットで決まるもの」は欺瞞?秋までに日本の農政の正体が明らかに

社会

この記事は、特価のパスタを見つけたことをきっかけに考えた思考を、言語化にあたりGeminiの助けを得ています。

昨秋から私たちの食卓を直撃した「米価の高騰」。スーパーの棚から米が消え、ようやく戻ってきたと思えば5kgで4,000円前後という、かつての1.5倍以上の高値がついています。

この異常事態に対し、日本の農林水産省など農政が放った言葉は「価格はマーケットで決まるもの」という冷ややかな「コメ価格にコミットしない」放任姿勢でした。政府の備蓄米放出などの介入策が後手に回ったのは、記憶に新しいところです。

しかし、あの高騰は本当に市場の「純粋な需給バランス」によるものだったのでしょうか?
これから新米が出回る秋にかけての3か月間、私たちは行政の「本音」と、歪んだ「市場の真実」を目撃することになります。

昨秋の米価高騰と「ナフサ相場」の奇妙な共通点

行政は「猛暑による不作やインバウンド需要による需給の逼迫」を言い訳にしましたが、実態は違うと考えています。消費者や小売りの現場で突発的に消費が増えたわけではありません。原因は、流通段階における「寡占的な買い占め(相場操縦の意図)」にある、というのが私の見解です。

これは、現在の緊迫する中東情勢を背景にした「ナフサ(粗製ガソリン)の相場推移」の問題と同根です。

※ナフサ相場とは?
プラスチックや化学繊維の原料となる石油製品です。実需(実際に工場で使われる量)の変動だけでなく、「中東情勢が緊迫して供給が途絶えるかもしれない」という思惑や、市場を動かす巨大な資本(中間流通や投資家)の先回り的な動きによって、実態以上に価格が跳ね上がったり乱高下したりします。

つまり、実際に米が足りないのではなく、流通の川上で「これから米が足りなくなるぞ」「価格が上がるぞ」という空気を意図的に作り出し、買い占めによって価格を吊り上げる「仕掛けられた高騰」だった可能性が高いのです。

その寡占(少数の企業が市場を支配すること)の証拠は、すでに数字として現れています。政府が行う「備蓄米の入札結果」について流れてくる情報を見てみると、特定の数社の中間流通業者や大手米穀卸が落札枠の大部分を占めていることが分かります。買い手がごく一部に集中している(寡占状態にある)からこそ、彼らの出方一つで市場全体の相場をコントロールできてしまう構造があるのです。

この秋までに、買い占めの「答え合わせ」が始まる

現在、米価相場はピークを過ぎ、徐々に下落傾向にあります。
世界的なインフレや通貨供給量の増大(お金の価値が下がり物価が上がる長期的なトレンド)を考えれば、本来ならあらゆるモノの価格は底上げされるはずです。

それにもかかわらず、もしこの米価の下落傾向が、新米が出回る秋までダラダラと継続するようなら―「価格はマーケットで決まるもの」。

それは、昨秋の高騰が「本当に米が足りなかったから」ではなく、流通段階での相場操縦を目的とした「意図的な買い占めと売り惜しみ」によって人為的に作られたバブルだったことの動かぬ証明になります。新米という「新たな供給」を前に、抱え込んでいた在庫を吐き出さざるを得なくなった結果の下落だからです。

そして、ここからが行政の「試金石」です。

もし、この新米が登場する前の米価下落のタイミングで、日本の農政が「農家の保護」などを理由に、何らかの形で米価下落を食い止める策(買い支えや流通への介入)を講じてくるようなら、それはどういうことになるんでしょう?

昨秋の価格高騰時には「価格はマーケットが決める」「コメ価格にコミットしない」と言って静観したくせに、価格が下がるときだけ介入する。これが意味するのは、彼らの「マーケット」という言葉が、単に価格高騰を容認し、追認したかっただけのポジショントーク(都合の良い言い訳)だったということになります。

消費者の行動変容と、破綻する「農家保護」の口実

しかし、行政や流通の思惑とは裏腹に、日本社会はすでに変わり始めています。

この画像はGeminiによって生成されました

高騰から半年以上が過ぎ、消費者は冷徹な比較を始めました。
「5kgで4,000円の米」と「500gで188円のパスタ」。
カロリーや満足度を計算したとき、今の米価が異常に高いことに気づいた消費者は、米を食べる回数を減らし、パスタやパン、うどんへと主食をシフトさせています。

経済学には「価格需要曲線」という基本原則があります。

※価格需要曲線とは?
商品の「価格」と、消費者が買いたいと思う「需要量」の関係を表したグラフです。一般的に価格が上がれば需要は減りますが、米のような主食は「高くても買わざるを得ない」と考えられていました。しかし、限界を超えて高くなれば、グラフの曲線は急激に「需要減」へと傾きます。

米の供給側(農政や流通)が価格をコントロールしようとした結果、今や需要側(消費者)による強烈な「買い控え・代替品への移行」という調整が入る事態になっているのです。つまり、高すぎる米は市場から見放されつつあります。

主食で低かったはずの米の価格弾力性までが変質した、というのが現在の状況です。

相場が高騰しているときだけ「市場原理だ」と歓迎し、消費者の生活を顧みない行政の方針は、もはや限界を迎えています。「小規模零細農家を守るため」というお決まりの免罪符は、単に中間流通の暴利や歪んだ構造を隠すための口実に過ぎなかったのではないでしょうか。

政策の目的が「農家の保護」なら、行政は2026産の新米のみに対して施策を打つべきです。

このまま米離れが進めば、日本の農業自体が衰退する「経済の悪循環」に陥ります。

「価格はマーケットが決める」と言い放った行政が、下落局面でどう動くのか。それとも市場のブーメランをそのまま受けるのか。日本の農政の真実が試される、運命の3か月が始まります。

続編記事

「お米の価格弾力性」はなぜ跳ね上がったのか?秋の答え合わせと、ネット時代の「寡占」への処方箋
これは、以下の前回記事での予測が正しいかGeminiに訊ねたら、続編の記事化を奨められ言語化にご協力いただいた記事です。約1か月半前、私は「米価高騰と価格需要曲線」についての考察記事を書きました。当時の私の見立てはこうです。「高騰の原因は突発的な需給逼迫ではなく、流通段階での寡占的な買い占め(相場操縦)である。もし新米が出回る秋に向けて価格が下落するなら、買い占めの証明となり、そこに行政が介入して下落を止めようとするなら『価格はマーケットが決める』という言葉は単なるポジショントークだったと証明される」そして現在、まさにその「答え合わせ」が始まっています。想像通りの展開:崩壊した「抱え込み」と農政の矛盾新米の本格的な出回りを前に、民間在庫のダブつきや維持コストの限界から、市場では価格の下落傾向が続いています。高値で抱え込んでいた中間流通が、新米という新たな供給を前に在庫を吐き出さざるを得なくなった構造は明らかです。さらに、2026年産新米の概算金(農家への仮渡金)の引き下げの動きに対し、高騰期には「市場に任せる」と静観していた行政や業界がどう反応す…

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